中尾元子 82年史 その2

母は3人の子どもの世話から手が離れると、つまり末っ子の私が小学校に行くようになると、自宅でピアノ塾を始めました。一方、父は絵画塾を土・日曜日に開き、平日の夜には大人向けの絵画塾を運営していました。夜の絵画塾には母も参加していたのですが、やがて自分でも画家として油絵を描くようになりました。この写真は、1962年のもので、自宅で油絵を描いている母です。前回の「その1」で紹介した絵が壁に掛かっています。

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小学校の学芸会で私が舞台に出て観客側を見ると、百人以上の父兄がいても、すぐに母が分かりました。なんせ、茶髪ですから。

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