中尾元子 82年史 その4

母は40歳代は毎年、50歳を過ぎてからは2年に1回の割合で個展を開いていました。個展は、いつも大阪・心斎橋の小さな画廊を1週間貸し切り、だいたい20数点の絵を展示しました。この写真は母が41歳、1971年のもので、母の個展に父が陣中見舞いに来た時のスナップです。母は結構ラフな服装をしていますから、おそらく搬入日か搬出日で、期日本番ではないと思います。

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これは、母が55歳、1985年の時の個展の模様です。個展期間中はだいたいこのような派手な服装でお客様を迎えます。タバコを吸ってますね。母は70歳を過ぎて病気で2週間ほどの入院を経験するまで、1日2箱のヘビースモーカーでした。

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これは、2000年11月に開催された第19回目の最後の個展でのスナップです。母は70歳でした。当時はまだまだ元気でしたが、2002年に長年住み慣れた一戸建て市営住宅(おそらく戦後すぐに建てられたもの)が市の方針で解体することになり、仕方なく2DKの市営住宅(マンションタイプ)に転居したのですが、これまでのように大きな間取りではなく、絵を描くスペースが取れなかったこともあって、この時を境に母は絵を描くことをやめてしまいました。自宅にあった200号の大作は市に寄付し、そのほかのたくさんの小品は私や姉や親類などに分配し、手元には数点だけ残しました。引っ越しがショックだったとはいえ、これまで自分の生きがいだった絵を、なんで母はやめてしまったのか、今でも分かりません。

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