日常の気づき

葬儀と子ども

先月のことです。
TOMOさんのお母様の葬儀に、小さな男の子がきていました。
お母さんと一緒に場内の末席にすわっていたのですが、
どうも退屈で仕方がないようです。
最初はお母さんに小声で話しかけたり、
抱きついたりしていましたが、
お坊さんがお経を始めるころになると、
急に大きな声を出し始めました。
お母さんはあわてて、子どもをつれ、退室して行きました。

 

zuigennji自分がまだ小学生だった頃、
母側の祖母の葬儀に出たことを思い出します。
私の母はお寺(写真:瑞玄寺)の生まれだったので、
葬儀にはお寺のお堂や境内を使い、
お経にはお坊さんが何人も並ぶという、大がかりなものでした。

お堂の中は薄暗く、お坊さんたちの顔はしかめっ面。
親類の人たちはみな、申し訳なさそうな顔ですわっています。
私が何よりも辛かったのは、
いつ終わるのか見当がつかない、長い長いお経です。
低音で唱えられる意味の分からない言葉のリフレインと、
ときどき音階が上がったり下がったりするだけの単調なリズム。
お経の唱和は、当時、昆虫採集に夢中だった私にとって、
森の木立で大合唱するクマゼミの、
あのシャーシャーシャーシャーという音のように聞こえてきて、
そんな声を出しているお坊さんたちも、
なんか不気味なセミ人間のように思えてきました。
ああ、早く終わらないかなあ。
おしっこもしたいし。

葬儀が終わり、お堂を出て、
カラッと晴れた空と、ひんやりした外気に触れた時は、
やっといつもの世界に戻れたような安堵感がありました。
それに母の手も握っていることだし、もう怖くはありません。
「すごいお葬式やったなあ」
「バルタン星人いっぱいいたで。アキコ隊員、至急本部に連絡だ!」
「だれが、アキコやねん。さあ、帰るで」
「うん」

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コメント

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  • コメント (3)

    • TOMO
    • 2008年 12月 22日

    中尾さん、母の葬儀の際は、遠方まで駆けつけていただき、本当にありがとうございました。
    母が亡くなって1ヶ月が経ちましたが、まだ、私の心は母の突然の死を受け入れられないでいます。
    「家出息子の帰還」に、母の転倒の話を書かせていただきましたが、その後、母の努力、主治医の適切な投薬判断などで、母の歩行はかなりの回復を見せ、これからもっともっと元気なってくれると、周囲の誰もが信じていました。
    亡くなる2日前、リハビリのためデイサービスに通うことが決まり、通所の際に着る新しい服が欲しいという母と買い物をしたことが、まるで昨日のことのように感じます。今も、店先に母に似合いそうな服を見かけると、つい足を止めてしまいます。
    母は、「介護」という言葉が無かった頃から、老人医療、今でいう介護に取り組んできたキャリアウーマンでした。女性が仕事をすることが、まだまだ普通ではなかった頃に、看護師のキャリアを持つ事務方として、ケースワーカーという仕事に従事し、プロフェッショナルに仕事をする母は、私の目標でもありました。「他人に出来て、自分に出来ないことはない」が母の信条でした。
    そんな母が定年を迎えた時、嘱託として残ってほしいという誘いを断り、あっさりとキャリアを捨てた時は、正直驚きましたが、海外旅行、書道、園芸と、仕事をしている間は我慢していた「やりたかったこと」を次々と実現させて行く姿は、羨ましくさえ感じたものでした。
    今になってみれば、母が生き生きと活動できたのも、父の陰からの支えが有ってこそだったのだろうと思います。
    父が亡くなって2年7ヶ月、母が父の後を追ったのか、父が母を迎えに来たのか・・・。母の最近の状態から「介護」の必要性を感じ、行動に移した途端、母はクモ膜下出血で逝ってしまいました。後悔ばかりが心を巡ります。

    • 迷える仔豚
    • 2008年 12月 22日

    TOMOさんお悔やみ申し上げます。
    仔豚も6月に母が逝ってしまい、何かまとめなくっちゃと思いながらもそのままにしています。
    幸か不幸か今年は休みが長いし、正月明け(5日)に娘の受験も有ったりすることか振り返りまとめるら時間がたっぷり取れそうです。
    ムラのMLは村長の体重が大幅に減ってしまい重い話に制限がでるのでブログで・・・・

    • 中尾優作
    • 2008年 12月 22日

    10月1日のTOMOさんのコメントに、お母様が転倒されて、TOMOさんが懸命に是正処置をかけておられるシーンが書かれていましたが、それだけに先月の訃報をいただいたときは、道友さんが弔電で驚愕した旨を述べられていたように、私も「えっ? だって、この間、TOMOさんがコメントしていた時は・・・」って感じでした。
    お父様がお亡くなりになられたのも、ついこの間のように感じられます。

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