【震災寄稿 No.1】 それぞれができること

本日、アイソス日記のコメント欄に、私は次のようなコメントを書きました。

自分はこのように対応したというGAIさんの実際の事例が出てきて、ホッとしています。いま必要な情報はこういうものではないでしょうか。

日本の認証制度開始(1993年)から、阪神・淡路大震災(1995年)、新潟県中越大震災(2007年)などの災害を企業の方々は経験しています。その時、自分たちはどのような対応をしたのか。みなさんがお仕事で「過去トラ」を活用しておられるように、過去の自分たちの知見を披露していただきたいものです。ネットでやっていただいてもいいですし、アイソス日記や月刊誌アイソスにご投稿いただいていもいいと思います。

すると、早速TOMOさんがご自身の体験談を寄稿してくれましたので、掲載させていただきます。TOMOさんの心意気に感謝します。

それぞれができること
TOMO 著

「それぞれができること」
そのつもりで書いた某ネットへの投稿でしたが、感情移入がアダになり、文章の一部分が独り歩きしてしまい、申し訳なく思っています。

震災前日まで、関東で一番の被害を受けた地域のサイトで審査をしていました。

数年前に、震度5強の地震で、私が居た工場は壊滅的なダメージを受けました。世界中からエキスパートが集められ、それこそ仮眠がとれれば御の字状態での復 旧活動でした。自動車セクター規格認証サイトですから、緊急事態対応計画を作成していましたが、現実の災害で得た知見は、机上とは比べ物にはなりませんで した。流出すれば、とんでもない物質も扱っていました。結局のところ、私の居た工場は、審査より復旧を優先、被害状況を審査機関に伝え、認証のことは「審 査機関がIATFに確認して指示をください」にしました。結果、審査機関側の対応のみで、審査を半年先に延ばしてもらった経験があります。

今回は、その何十倍もの破壊力が襲い、且つ、その後も、原発、計画停電、多くのクライアントが審査対応がしたくても出来ない現実に悲鳴を上げています。その悲鳴が、届くべき所に届いていると、いいのですが。
被害の実態は、まだその全容を見せていません。

身近な仲間が、サイトの後始末(地域へ悪影響を及ぼさないような処置を確実に実施してから)をして東京に避難してきました。被災者ですが、会社の中で、今、できることに奔走しています。
別の仲間は、ほとんどの方が想像もできないだろう場所で、日本のために奮闘していると知りました。

現実は、想定をはるかに超えるのが常のような気がします。

世界中が未曽有の災害と報道している中、被害の全容もわからない中で立てられた「救済策」に間に合わなければ、その認証はリセットされてしまうのか・・・。
認証にかかわる仕事をしている一人として、クライアントの認証を適切に守ることに使命感を持っているという感覚は、きっと変な人なのかもしれませんね。