Vantage Point 有能な事務局

「有能なISO事務局のただひとつの欠陥は、自己否定できていないことだ」

辻井浩一さんの寄稿「ISO事務局解体論」(アイソス2011年1月号の連載『サロンで議論』に掲載予定)に出てくる一文。

14件のコメント

  1. そうでしょうか?ISO事務局というのは、マネジメント部門の人間、つまり非生産部門の人間ですから、生産部門の上前をはねて食わせていただいているという立場です。経営者から見たら、稼がない部門の人間なんて、一人でも少ない方が良いのであって、ISO事務局なんぞは、真っ先に切りたいと思いますよ。組織のマネジメントが成熟していれば、よほど大きな組織でない限り、ISO事務局は不要であるべき、でしょう。悲しいかな、当社も、まだ小生を飼い続けているというのは、マネジメントが成熟していないから、教育を含めて「やらせなければならないこと」があるのでしょう。
    管理責任者という立場上、社長とは直接話をするので、小生はこういった事をまともに社長に言いますがね。「早く、小生が稼ぐ部門に回った方が、会社のためです。小生をいつまでも飼っておくのは、会社のマネジメントが成熟していない証拠です!」と……
    これで即刻クビが飛ばないのが、当社の当社たるゆえん?

  2. 辻井さんも本文で、えきせんとりっくさんと同じような方向性の話をしておられます。
    発売をお楽しみに。

  3. 「有能なISO事務局のただひとつの欠陥は、自己否定できていないことだ」
     では、面白半分の「おぶじぇくしょんっ!」をふたつばかり。(^^)
    # 辻井さんのご発言に異を唱える意図はありません。
    # 企画を盛り上げるための番宣の一環ということで・・・
    <おぶじぇくしょん その1>
     そんなことはありませんっ! (きっぱりっ!)
     有能なISO事務局員だったいそいその艦長さんは、2003年に完全自己否定して「他界」されましたぁ。(ちゅどぉーんっ!)
    <おぶじぇくしょん その2>
     そんなことはありませんっ! (きっぱりっ!)
     今はあまり聞かれませんが、以前のいそいそフォーラムでは自己否定を凌駕した自虐的発言がたくさん寄せられていましたぁ。
    (ちゅどぉーんっ!、ちゅちゅちゅどぉーんっ!)
     マジRESもできますが、まずはこんなトコで。

  4. <2003年に完全自己否定して「他界」
    う〜ん、やっぱりあれは自己否定だったのか。
    <自己否定を凌駕した自虐的発言
    うまい表現ですね。

  5. ほとんど茶々ですが(^^ゞ
    その昔、いそいそフォーラムで「事務局不要論」を提唱して、もう何年になるかなぁ。
     当初はボロクソに言われたっけ(^^;)
    それが数年して、いそいそで同じようなことを言うような人が出てきたとき、それに賛同する人がチラホラ・・・
     時代も変わったんだねーと痛感(^^ゞ
    さらに組織時代では、QMSの社内第一人者としてプロ認定され、スキルを詳伝させてくれと言われたが、「私の最終目的は、社内に私のような人間を二度と作らせないようにすることです。私の代でこのプロは終わらせます」なんて言ったっけ(^^ゞ
     その後、ある意味で強制的に私の代で終わらせたなぁ(^^;)
    そしていまになって・・・
     知名度の高い人が言えば記事になるのねぇ〜
     (^_^メ) コラコラ

  6. 何であれ、「自己」が見えていなければ・・・、ですね。
    内部監査員セミナーで、久々に10年近く前の内部監査員養成コースにご参加の皆さまのような、打てば応える受講生揃いのコースの講師を務め、満ち足りた気持ちで「時」を過ごしています。
    「自己」が見えておらず、独りよがりの日々に気付かず、悩み苦しんだことも、数えきれません。組織を離れた今も、それは大きくは変わっていないように感じます。
    己の信じるままには、以外に進めないものですし、まして、自己否定ということは、渦中に居る者にはなかなか出来ないものです。
    一歩ほど、離れた距離に立つことが出来た時にだけ、それは可能な領域に居てくれるのではないかと。

  7. <一歩ほど、離れた距離に立つことが出来た時にだけ、それは可能な領域に居てくれるのではないかと。
    川を渡って始めて見えてくる世界というのがあるのでしょうね。

  8. > 渦中に居る者にははなかなか…
    > 一歩ほど、離れた距離に立つことが出来た時に…
    なるほどね。
    自分がなぜ「事務局不要論」なんて言い始めたかの背景を振り返ると、さもありなんって感じですね。
    そもそも、
    ・当時のMr.ISO氏が敷いたレールは「要求事項に対して何をしなければならないか?」なる、ISOのための仕事を作ることに繋がるアプローチだった。
    ・引き継いだ私は、違和感を覚えながらも結果的に「何をすれば正解か?」を模索していた。
    ・そんな私の周辺は「何をすればいいの?」を求める側、私は考える側になっていた。
    ・それゆえ、「お前が分からなきゃ誰がわかる」「教育受けたんだからお前が」「まずは事務局が」「ISO的には」「ISOのたに」などが横行していた。
    ・しかし考えれば考えるほど、「そんなのお前らの仕事じゃん!」が私の中で渦巻いていた。
    そこで開き直って、
    ・何でやってる本人が分からないのに、やってないオレに分かったりする?
    ・こっちが教えて欲しいくらい、そもそも自分の仕事だろ?
    ・オレが考えるからみんな考えないんだ、じゃ、オレが考えなきゃいいのね。
    ・オレが作るからみんな作らないんだ、じゃ、オレが作らなきゃいいのね。
    そして結論は、
    「オレが居なきゃ上手く行く、
     それで本来の仕事からの発想に転換できる、
     オレみたいな立場の人を作るからこんなことになるんだ、
     そうだ、事務局なんて不要…論」
    ま、そうは言っても審査会社との折衝や認証対応、規格情報の入手と新規/改訂規格への対応と展開をはじめ、いわゆる事務局的な仕事をする人は残ってた方が良いってことで、
    「ちょいダメ事務局のススメ」
    に変わっていったわけですが・・・(^^ゞ
    一度敷いたレールは簡単には路線変更できないですね(^^;)
    「最近の事務局、すぐに人に振ってくるし仕事しなくなった」
    なんて当初は言われたものでした。
    が、「それで事務局依存症から更生できるなら耐えて受容れよう」、なんて自己満足もしたものでした(^。^;) アセアセ!

  9. では、マジRESをひとつ。(コホン)
     組織の殆どの人にあいえすおーを意識することなく日常業務に注力してしてもらいたいと願うのであれば、少なくともひとりは「あいえすおーのことを常に意識している人」が必要でしょう。そうしないと、こないだのMy寄稿(10年目の組織の審査)で申し上げた”型破りのつもりの型崩れ”(=魅惑のコメント007)が生じ、「有効なシステムだが規格の要求に適合していない」という不可解な事態が生じます。
     事務局が要るの要らないのと議論になるような組織であれば、組織の各自が「何をどうすればいいのか」くらいは判っているのが前提でしょうが、その”各自の認識”が時とともに変質し規格の要求から乖離していない保証はありませんし、業務多忙のあまりやるべきことを失念するリスクも残ります。 (そうこうしているうちに規格も改訂されます。)
     つまり、システムの変質を監視し適宜修正しながら、やるべきことをやる時期に差し掛かったことをチャイムで知らせる、これが事務局の最終進化形であり、その機能が不要になることは無いでしょう。 たとえ自動航行が可能な最新鋭艦であっても、航行中はせめてブリッジの当直士官(百歩譲って見張り)くらいは残しておかないとね。
    # 少々マジが過ぎた。 私も焼きが回ってきたな。(←死語)

  10. 優れた事務局は、事務局業務がなくなるようにする。有能な事務局は、事務局業務が残るようにする。深ィィ。

  11. 一部だけでは、意図を読み間違えるかと思い、潜航していました。
    ただ今、全文を読みましたが、確かに「黒子」が表にでてしまえば『芝居』がダメになるということは判ります。
    事務局が暗躍している組織というのもなぁという感じですが。。
    ただ、完全に事務局を解体してしまうとどうなるのだろうかなぁ。
    言うならば、各国の大使館を閉鎖して、外務大臣が全部の国の対応を対処できるのかなぁ??
    ISO国の状況、都合、考えなんかは、多少なりとも、その国に居ないと判らないこともあると思います。
    本国の方針が第一であり、本国がしっかりしないといけないことは当然ですが、なんでそのような動きをしているのか?なんでそんなことを言い出しているのか?なんてことは、事情通としての窓口は持っている必要があると思います。
    「事務局なんてそんなもの」とは思いますが、解体してしまうと身動きが取れなくなって、逆に20世紀のISOのように意味もわからず審査員の「先生」に言われるがままの運用になってしまうようにも思います。
    5月号の動きがすごく気になってきました。

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